2016年02月17日

ヴァイオリンの弓の話

violin_1[1].gifヴァイオリンの弓の善し悪しは楽器同様に非常に重要な要素です。どんなにヴァイオリン本体が素晴らしいものでも、弓との相性が良くなければいい音は望めません。
ヴァイオリン本体に比べ軽視されがちな弓ですが、よい音、よい演奏には「魔法の杖」とも呼ばれる弓はとても重要なアイテムです。

ここで弓の歴史について一言。
ヴァイオリン本体は17世紀にアマティによって完成された後、弟子のストラディヴァリによって名器が数多く作られましたが、ヴァイオリンの弓(ボウ)はそれよりずっと遅れて、18世紀後半にフランスのフランソワーズ・トルテによって完成されました。
トルテはそれまでのバロック弓(凸型)とは反対に、逆反り型の弓を考案し、これが現在の弓の原型になっています。ヴァイオリンがイタリアのクレモナで完成されたのに対して、弓(ボウ)はフランスで完成されたのでした。

ヴァイオリンの弓の毛は昔から馬のしっぽの毛が使われています。弓1本に使われる毛は160〜180本くらいで、弓毛にはまっすぐなもののみを使い、その毛が一直線状に並べて付けてあります。
そして、弓毛には松脂(まつやに)を塗って演奏します。松脂は松の樹液を固めた黄色や黒色の塊で、こすりつけると白い粉が出ます。粘着性なので塗ると弓がしっかり弦をこすれるようになるというわけです。

次にヴァイオリンの弓はどのくらいするのかというと、少なくてもヴァイオリン本体のだいたい3分の1以上の値段のものが必要なようです。フランスやイギリスのオールドの中には、1000万を越える額で取り引きされるものもあります。プロが持つものは100万単位のものが主流のようです。アマチュアの多くは、10万〜数十万クラスが、一番安い量産品だと、一万円台からあるようです。

弓の値段を決める要素もヴァイオリンとほぼ同じで、ヴァイオリンの音色の良さは、弓の値段に比例していくと言われていますが、その音の差の違いを聴き分かられるかどうかは、また別の問題のようです。




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2015年06月09日

ピアニストとピアノ

piano_c1333.gifプロの演奏家にとって楽器は体の一部です。管弦楽器奏者はどこへ演奏旅行に行くのにも楽器を持参していきます。しかし、自分の楽器でない楽器を弾かなければならないのがピアニストです。そのため、ホールに備えてある楽器の状態の善し悪しにかかわらず、常に一番良い演奏をしなければなりません。
ピアニストが、自分が常に愛用している楽器を使いたいというのは誰しもが思うことなのですが、コストなどを考えるとかなわぬ夢なのでしょう。

しかし、中にはピアニストが自分の楽器を持参していくというポリシーを曲げずに、こだわりを通したピアニストもいます。古くはロシアが生んだ巨匠、ウラディミール・ホロヴィッツです。ホロヴィッツは1920年前後に作られたピアノをどこにいくのにも持ち運んでいました。来日公演の際にもその楽器を持参していました。ちなみにホロヴィッツは来日の際にはお抱えシェフも連れてきたそうです。

また、スヴャストラフ・リヒテルもその一人です。リヒテルも20世紀の巨匠と名高いピアニストです。リヒテルはヤマハのピアノを愛用していましたが、日本をツァーで回っているときは常にヤマハのピアノを運んでいました。しかも2台のピアノを1台ずつ別の車に積んで回ったそうです。これはもし1台が事故にあってしまったらという配慮だそうです。これはヤマハのピアノに薫陶していたリヒテルへのヤマハの心遣いだといえましょう。

もう一人はイタリアのミケランジェリです。演奏会には自分の楽器を運ばせて専属の調律師を同行させていました。にもかかわらず、完璧主義者として有名なミケランジェリは、自身が納得のいかない状態だと演奏会をキャンセルしてしまっていたのだそうです。しかし、ミケランジェリの言い分は「観客は私の完璧な演奏を聴きに来るのだから、中途半端な演奏しかできないのだったら申し訳ない」ということだったとのこと。ある意味、納得ですね。それにしても巨匠といわれるピアニストだからこそのわがまま?ともいえなくもありません。





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2015年03月05日

幕・場・景はどう違う

tenor_singer[1].gifオペラや演劇などの公演で、第○幕、第○場、第○景などと使われる「幕・場・景」とは、それぞれどう違うのでしょうか。なんとなく文字の雰囲気からはわかるような気はしますが・・・。

進行上の「幕」は、時間や空間の大幅な変化を現します。つまり、一度幕が降りて、次に幕が開いた時には、状況がまったく変わっているような場面です。例えば、酒場の場面から牢屋の場面に、また、舞台が同じ場合には時間が移り変わって1年後とか、かなりの時間が経過しているのが普通です。

幕は緞帳などで区切るのが普通ですが、演出上や劇場の構造上、幕ではなく暗転で区切られる場合もあります。通常、幕間には休憩が入ります。ヨーロッパのオペラなどでは幕間の休憩時間は30分くらいが普通です。幕間は社交の場として、知人友人との談笑の時間とする習慣がありますし、その時間を利用して舞台でセットを組み替えるという事情もあります。

つぎに「場」ですが、これは場所の転換です。一つの流れの中で、時間の経過とともに場所が移っていく場面をいいます。場は登場人物の動きによる場所の移動で、時間的にはあまり隔たっていないため、休憩は設けられません。場の転換には、暗転や照明、セットの転換、役者の登場などのちょっとした変化でも表現されます。

最後に「景」ですが、これは景色が変わるぐらいの近接した時間と場面の転換で、新しい人物の登場や、同じ場の中でちょっとした状況の変化があった場合の区別です。最近の舞台では、景まで細かく分けることは少ないようです。



タグ:オペラ
posted by miman at 10:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートをより楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする